The best measure for predicting success in life may not be your IQ or your sats, but a factor scientists are calling "emotional intelligence"
(人生で成功できるかどうか、本当の意味で聡明な人間かどうかを決めるのは、IQではなくてEQの高さだ)
──“TIME(10/02/1995)”
雑誌TIME

December 07, 2005

聖賢に学ぶEQ力講座第3回「自分を知れば世界が変わる」

 おそらくほとんどの人は、自分自身のことを世界で一番よく知っている事と思います。

 しかし、もし私が、あなたには自分にも知らない自分がいるといったら驚かれるでしょうか。実はすべての人は、本当の自分の姿を知らないのです。このことを心理学者のジョゼフ・ラフトとハーリー・インハムの二人は、人間には誰にでも4つの心の窓があるといいました。この話はやがて二人の名前をとって「ジョハリの四つの窓」と呼ばれるようになりましたが、今日はその話をしたいと思います。

 では図を見てください。Aの窓は「自分も知っているし人も知っている」という窓です。例えば誰かが自分のことを「とても優しい人間だ」と思い、他人もその人のことを「あの人はやさしい人だ」と認識していてくれる状態です。この窓は自分もよく知っているのですから何の問題もありません。この窓は「開かれた窓」と言われています。

 ところが人間には自分にはわからないが人にはわかっている心の窓があるのです。この窓のことを盲目の窓というのですが、とにかくこの窓は自分には見えません。しかし見えないからと言って存在していないのではなくて、確実にその窓は存在するのです。

 例えば、変なことをお聞きしますが、皆さんの中で自分の口の匂いが臭くて臭くてしょうがない人はいらっしゃるでしょうか。勿論自分の口の匂いで人に迷惑をかけないように気にしている方はいるでしょうし、特に胃腸の調子が悪くて、ふと口臭がするといった人はいると思います。とはいっても、ほとんどの場合、自分の口の匂いは本人には全く気がつかないものです。反対におそらく大抵の人は、誰かと話をしている時にその人の口臭が気になって閉口した経験があるはずです。ではその時、皆さんの中で「あなた口臭がするから気をつけて」と相手に注意した人はどれほどいるでしょうか。これまたほとんどの場合、嫌な思いをしながら、じっと我慢していたのではないでしょうか。 その時相手の人は自分の口の匂いで、目の前の人が迷惑していることなど全くしらなかったに違いありません。とするなら、立場を逆転させて考えて見ると私達も口の匂いによって話し相手を不快にさせていたこともきっとあるはずなのです。でもその時「ちょっとあなた匂うわね」と注意されたことは、ほとんどないと思います。だから、私達も自分の存在が相手にどのような影響を与えているかわからないのです。 

 自分自身に対して「わたしはこういう人間である」と認識することを自己認知といいます。それに対して人が私達のことを認識することを他者認知といいます。この自己認知と他者認知とのずれが、この盲目の窓なのです。このずれが大きくなればなるほどその人は生きるのが難しくなります。そして社会や周囲に対して不満をもつようになるのです。実はこの自己認知と他者認知とのずれと、その人間の学歴とは全く別のものなのです。頭が良くてもこの盲目の窓が大きい人は人生の羅針盤を狂わせてしまいます。

 私は企業の人材教育をしていますから、多くの企業人に接する機会があります。ある時新任の管理者研修をしているときのことでした。40人くらいのクラスでしたが、その中にかなり態度が横柄な人がいました。私の講義に対しても何かとくってかかってくるのです。後で聞けばその人は一流の大学を優秀な成績で卒業し、その会社でも将来を嘱望されて入社したといいます。しかも会社のお金でハーバード大学まで留学しているというのです。しかしその人は自分が賢いと思っているからでしょうか、他人がバカに見えてしょうがないのです。人と議論していてもアメリカ流の(?)ディベイトで相手をやり込めてしまいます。そんなことが続いて、周囲からかなり疎んじられているというのです。そのせいでしょうか、出世も反対に人より遅いくらいです。その人は残念ながら、例え頭がよくても、人の中に受け入れられることはありませんでした。

 しかしその人は研修の中で自分の中にあるこの盲目の窓の存在に次第に気が付きはじめました。そして自分の有り方を振り返りはじめたのです。研修の終わる3ヶ目には非常に物腰も柔らかくなって、初めとは全く違う態度になりました。やがて研修が終わり数ヶ月後、研修の担当の部長さんに聞きますと、その彼はその後人の話をよく聞くようになったというのです。彼の盲目の窓が一つ開いたのでしょう。
 
 このことは私達にある示唆を与えてくれます。それは、人間には誰にでもこの盲目の窓があるということ。そしてまたその盲目の窓を開けるためには、ある種の人間としての謙虚さがいるということです。人から注意を受ける事があっても大抵の場合自覚がありませんから「そんな事はない」と否定したり、また「あなただって……」と攻撃したりするものです。その横着心が真実を見誤らせてしまうのです。これは決していつも人の目を気にしながら生きるべきだといっているわけではありません。人間は誰がなんと言おうとも、本質は自分の生き方に従って生きればよいことはいうまでもありません。しかし自己認知と他者認知がかけ離れていたら、まず満足な人生がおくれるはずがないのです。自分は人に親切にしているつもりなのに、相手からはお節介としか映っていないとすれば、全くその行動は無意味でしょう。また自分が相手から好かれていると思いこんでいても、相手があなたを嫌っていたら、それはとんだピエロです。また自分は仕事が出きると思っていても、会社でそれほど評価されていなければ不満が鬱屈するでしょう。

 ここで自分を知る事で人生を一変させた人の話をしたいと思います。皆さんは原一平と言う人をご存じでしょうか。この人は生命保険のセールスでかつて全日本チャンピオンを10年間続けた伝説上の人なのです。

 しかし彼は始めから保険のセールスが得意だったわけではありません。前の仕事を転職して保険のセールスを始めたのですが、さっぱり売れません。頑張るのですが、中々数字ができないのです。ある時原さんはお寺のお坊さんを相手に保険のセールスをします。そのお坊さんは熱心に原さんの話を聞いていたのですが、最後に「あんたからは保険にはいらない」とニベもない返事です。なぜかと聞けばあなたは人間としての魅力にかけるから、保険のセールスには向いていないというのです。原さんは頭をハンマーで殴られたような気分になり「もう保険の仕事はやめようか」と考えました。
 
 しかしふと考えました。「なぜ自分は人間的な魅力がないのだろう」そう思った原さんは、友達を7人自分の家に招き入れ全員にトンカツとビールをご馳走しながら聞いたのです。「自分はどうも人間的魅力がないから保険の仕事をやめようと思う。しかしどうして自分には人間的魅力がないかわかりません。どうしたら人間的魅力ができるか、どうぞ今日は原一平をまな板の上に乗せて、私の長所も短所も正直に言っていただけませんか」と。さすがにその話を聞いて、友達たちも始めは戸惑っていましたが、次第に本音を言うようになりました。その話を聞きながら、原さんは目を見張りました。自分が良かれと思っていたことが、ことごとく相手には反対に映っていたのです。それから定期的にこの「原一平を語る会」は開かれましたが、原さんは、たくさんの人達の意見を出きる限り取り入れながら、次第に自分のセールスの仕方や人間としての生き方を改める中で、どんどんと素晴らしい業績をあげるようになり全日本チャンピオンに輝いたのです。

 私達はこの原さんのように、「〇〇を語る会」など開ける勇気のある人はほとんどないでしょう。人からあなたのことを本音で語ってもらうのはとてもリスクがともなうことですから。

 しかしそこまでいかずとも、時に耳の痛い話に対して、それを謙虚に受け止める力があれば、この盲目の窓は開かれていきます。卑屈とは違う、毅然とした謙虚さを体得することが肝心なのです。実力が伴わない傲慢さを身につけた子供は人生を台無しにしてしまいます。子供にとって真の謙虚さは親自身が、常に自分自身が今もなお発展途上人であるという認識から生まれます。そして子供とともに学んでいこうという姿勢をもっている人が子供の素直さを引き出すことができるのです。

 さて次に三つ目の窓の話をしたいと思います。これは「自分は知っているが他人は知らない窓」です。当然のことながら私達は自分のことを誰よりも一番知っています。私達の記憶の中には無数の出来事が詰まっています。人間の人格は勿論遺伝的なものもあるでしょうが、もう一つは過去の様々な体験によって形成されていきます。その出来事の一つ一つが私達の今の心を形作っているのです。その中で特に注目すべきは私達にとって悲しい出来事や、挫折したこと、またコンプレックスの原因になるような体験や人の言葉です。これらは無意識の間に私達の行動にストップをかけ自分の人生を台無しにしてしまいます。

 ある研修会でこんなことを話された人がいました。その女性は40歳くらいでしたが、かつて高校生のころ英語の時間に先生からテキストの朗読を命じられたそうです。その女性は英語がそれまで得意科目でしたから大きな声でテキストを読みました。ところがその先生は一言「君、発音悪いね」。本当のところはわかりません。そんなことを言う先生がいるとは思えませんが、少なくともその女性にとっては、そう聞こえたのです。以来彼女は英語が嫌いになりました。当然成績もどんどんと落ちていきました。今ではアルファベットを見るのも嫌だといいます。おそらくここまでとは言いませんが、同じような体験をしておられる方が少なくないのではないでしょうか。

 では、この「隠された窓」に溜まっている膿はどのようにしたらよいのでしょうか。これに対しサイコ・サイバネティックス理論を完成させたマクスウエル・マルツ博士によると「自分を苦しめている他者と、そして自分自身を無条件に許す」というのです。つまりその女性は40を過ぎても、17歳の時の先生の言葉を許していません。しかし許さないことによって、苦しんでいるのは他ならぬ自分自身であるのです。もし皆さんが数々のコンプレックスや自分の嫌なところに苦しめられていたとします。自分自身が嫌いなところだといっても、それから手を離す事はできません。手を離せるくらいならもうとっくに離れています。

 試しに是非次のことを行ってみてください。紙に自分の嫌いなところやコンプレックスをありったけ書き上げてみてください。それが自分の性格上のことであっても、また能力上のことであっても、また肉体的なことであっても、自分自身の嫌いなところをありったけ出してみるのです。時間は5分くらいですべて書き上げてください。それが書き終わったら、そのすべてをくるくると線で囲み、その横に「こんな私が大好きです」と書いてください。コンプレックスはそれを消し去ろうとするのではなく、それをありのままに受け止めることによってその囚われから逃れることができるのです。

 実は私達は無意識の内で自分のコンプレックスや挫折に対する過剰補償を子供によって行おうとします。また子供のころ親から虐待を受けた人が、親になった時にかつての自分がされたように子供にしてしまう心の闇があるのです。大切なことは私達の中に深く混在している心の暗部から目をそらせるのではなく、それを勇気を持って見つめ受け入れることができたときに真に自分自身との出会いがあるのです。まさに子供は親の鏡です。それは単に行動が同じということではなく、親の心象風景を見事に再現してしまいます。実は私達自身の大きな変化は何か特別な能力を自分自身に付与する事から始まるのではなく、自分自身と対話し自己を受容していくところから始まるのです。

 今回はジョハリの4つの窓の中から3つの窓を取り上げ、自分自身を見つめるという課題を考えてみました。

Posted by eqtest at December 7, 2005 05:09 PM
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